Kyrie, Gott Vater in Ewigkeit - Hildebrandt Consort
00:00 / 00:00
Transcription by W. Dekoninck “Kyrie, Gott Vater in Ewigkeit”
from Grosse Messe 1739 für Bach und Luther”
Live recording by Hildebrandt Consort
(c) 2016 Wouter Dekoninck

インタビューが遅々として進まないのでDekoninckさんの作曲クラス志望者へのプロモーションビデオをアップします

作曲へのプロモーション
Hildebrandt Consort
音楽監督
ワウター・ドゥコーニンクさん に
独占インタビュー
                              Halle 2019/9/2-5

 多忙なワウター・ドゥコーニンクさんに

夏休みを利用して

独占インタビューをしました.

広範な話題で

長時間のインタビューと

なりましたので

ここでは3回にわけて掲載致します.

予告

ヴァイオリニストの

中丸まどかさんに

インタビューをいたします.

​お楽しみにお待ちください.

​ワウター・ドゥコーニンクさんの近影

本日は一般社団法人

湘南ベルギーの旋風協会

(Association of

Belgian Sensation Syonan)

ホームページ開設記念イベントとして

ベルギーの音楽家,

Hildebrand Consort

Artistic leader

ヒルデブラント・コンソート

(大オルガンと

バロックオーケストラ)の

ユニークな演奏活動,

オルガニスト,作曲家,

チェンバリスト,

指揮活動など多彩で独自性,

豊かな音楽才能の持ち主

ワウター・ドゥコーニンクさんに

お話を伺います.

Q1

ワウター・ドゥコーニンクさんは

ブリュッセル市に近接した

ハレ市お住まいです.

ハレ市を日本のみなさまに

紹介して下さい.

 

A1

ベルギー王国は

フラマン語(オランダ語の方言)の

フランダース行政地域と

ワロン語(フランス語の方言)の

ワロン行政地域から​成り立っています.

ほぼブリュッセルを中心に

ベルギーを二分してそれぞれの地域には

行政府があります.

ハレ市はブリュッセル市から

南西に10-15Km位のところに位置した

フランダース行政圏です.

そしてワロン行政圏に接する

地政でもあります.

ドイツと国境に接している地域もあり,

公用語はオランダ語,フランス語,

ドイツ語の3言語です.

ブリュッセルを往復するには

勿論、高速道路もありますが,

朝夕は通勤でとても混雑し,

鉄道でブリュッセル中央駅からは

ハレ市まで10分程で到着します.

ハレ市では四旬節前に

様々に仮装して

パレードがあるお祭り,

カーニバル!!

(編集子注:謝肉祭.

復活祭が基準になるので

年により開催期間が異動.

主に3月初旬,以下編注)により

その期間は町中が賑わいます.

そして著名人では19世紀の

ベルギーの偉大なチェリスト,

後年,ブリュッセル王立音楽院

教授に就任され

後進の指導に尽力された 

アドリエン・フランソワ・セルヴェ

(1807-1866)輩出しています.

またハレの中心部には

どこからでも見つけられる

美しい大聖堂があり

黒い聖母像が著名です.

黒い聖母像の由来は

フランダースと

スペイン間の戦争で

スペイン軍の大砲から

ハレの町を守ったために

黒くなったと伝わっています.

そして,ハレの森は

世界的に有名な観光スポットで

4月から5月初旬にかけて

ブルーベルという野生の

ヒヤシンスが森一面を

覆い尽くすように咲き,

まるで森一面を濃紫紺の

絨毯を敷き詰めたような

幻想的な景観が楽しめます.

 

編注:掲載の写真は編集子が

ハレ市を訪れたときに

撮影したものです.参考になれば

ハレ行き電車の案内板 既に9分遅れ・・・

10分程でハレ駅到着

近代的なトラス構造の大屋根

​ハレの森にいくつかある入り口の案内板

​良く管理されている森です

啄木鳥もこの森の住人のようです

この先,乗馬専用道につき・・・

はぐれブルーベルと青々とした下草

​この花がびっしりと敷き詰めたように咲くという・・・

​ブルーベルの季節の外れで青紫の絨毯とはならず・・・

ハレ市の中心部に設置してある

ゴミ箱を飾る写真のブルーベル

A.F.セルベさんの立像 この時代のチェロには

エンドピンはありません

左手はハレの大聖堂 市の中心部です

ハレの駅舎から望む大聖堂

聖堂内の美しいリブヴォールト天井

正面に黒い聖母

幻想的とも言える世界

大聖堂のパイプオルガン

Q2

日本の習俗を研究した

柳田圀男氏は日本の日常は

ハレ(縁起がよい)と

ケ(縁起が悪い)に

依存しているといっています.

ハレ市にお住まいの人は

楽天家(ハレ)ばかりですか?

そしてハレ市の天候は

晴れ(ハレ)ばかりで

曇りとか雨の日は

ないのでしょうか?

A2

(ガハハと笑いながら)

カーニバルの時期だけは

みなさん楽天家になるようです.

ハレ市の気候はベルギーの

典型的な天気で晴れたと思ったら

急に雨が降り出すめまぐるしく

変わりやすい気候です.

Q3

今は廃れましたが

日本ではハレの日には

お赤飯を炊いていました.

ハレ市でも縁起が良い時の

習俗がありますか.

A3

先ほども申し上げましたが

カーニバルの時は

様々な衣装で仮装をした

人々で賑わいます.

私は喧噪が

あまり好きではないので

カーニバルの時期には

近づかないようにしています.(笑)

しかし,

日本の民族衣装(着物の意か)で

参加されたら面白いと思いますよ.

​Q4は欠番

Q5

 ロマン派のC.M.V.ウェーバーの

オペラ「魔弾の射手」は

ドイツの森がテーマでした.

ドゥコーニンクさんも

ハレの森から霊感を受けますか?

 

A5

ウェーバーのように

ハレの森から霊感を受けることは

ありませんがハレの森を散策する

あらゆるルートが

頭の中にはできあがっています.

歩くことにより気持ちが落ち着き,

創作意欲が湧いてくるからです.

Q6

そこには赤ずきんちゃんは

住んでいますか

A6

(にっこり)出会ったことは

ありませんが

子供の頃から話されている

著名な童話です.

Q7

ドゥコーニンクさんは

オルガニスト,作曲家,

指揮者,チェンバリスト,

合唱指導,音楽教師と一日が

24時間では足りない多彩な

活動をされています.

頭が混乱しませんか,

どのようなスケジュールの

管理をされているのでしょうか.

 

A7

(遠くを見るように・・・

黙考,そして・・・黙考・・・)

この質問に答えることは

非常に難しくスケジュールの

管理を考えるだけで頭が痛くなり

混乱して来ます.結局,

なるようになる! 

その都度ベストを尽くす

という主義です.

​(差し迫ったスケジュールを

思い出しその呪縛から逃れるように)

アマチュアの合唱指導は

毎回本番で歌うことを前提として

厳しく練習に臨みます.

練習は二部に分れていて,

一部は新曲,二部は

同じ曲を繰り返し練習します.

アマチュア合唱団の場合,

往々にして以前に指導したことが

忘れられ,元に戻ることが

多いので繰り返しが大事です.

しかし同じことを毎回行なうと

マンネリになるので新曲を必ず入れる

システムを採用しています.

Q8

ドゥコーニンクさんは

ご自身がミューズに

愛されていると

いつ頃気がつきましたか.

 

A8

(question no8と言ったので

突然「8」は

私のラッキーナンバーで

八番は縁起が良いと言っています)

なぜラッキーナンバーなのかは

忘れてしましまいました.

兎に角「8」は

ラッキーナンバーなのです.

そして90度回転させると

インフィニティのマークになり

美しいと感じるからです.

さて,本題ですが

5-6歳の頃から音楽への情熱を

感じていました.

そして先生達からもその才能は

認められていましたが,

決定的な出来事は12歳の頃,

祖父から

「これほどの才能を

神から与えられていることを

神に感謝したことがあるか」と

言われ音楽家になることを

心に決めました.

Q9

パイプオルガン

(以下大オルガン)には

いつ頃から接したのでしょう

 

A9

幼少より父母に連れられていった

ミサそのものより,

パイプオルガンに興味がありました.

7才の頃にはオルガンバルコニーから

ミサに出席することが許されて,

オルガニストの演奏法を

観察していました.

11歳の時に初めて

ミサでオルガンを弾きました.

ベルギー国王がその日の夕方に

亡くなられたのでとても強くその日が

印象に残っています.

12才の頃はピアノも習っていたのですが

ピアノの先生にもっと専門的な音楽学校に

行くべきだと指導され,上級の音楽学校に

入校したところ,其所のオルガンの

先生が演奏するJ.S.バッハの

「トッカータとフーガ ニ短調」

(編注:BWV565)に接し衝撃を受け

パイプオルガンを極めようと決意しました.

Q10

ドゥコーニンクさんの

大オルガン演奏の魅力は

巧みなプログラム構成とともに

ストップの

レジストレーションです.

大オルガン、楽曲とストップの

組み合わせの霊感は

どこから来るのでしょう.

 

A10

私のレジストレーションの秘密が

知りたい方は是非私のレッスンを

受けて下さい.(笑)

(この後,オルガンの

レジストレーションの歴史の

長い説明・・・)

私はオルガンそのものの

キャラクターが生きる

レジストレーション作りを

心がけています.

具体的には演奏会の前の練習は

あらゆるストップの

コンビネーションのなかで

何が一番良く,美しく響くかを

試した後にそのオルガンの最適な

レジストレーションを決めています.

独奏の演奏会で心がけていることは

そのオルガンの魅力を

すべて引き出せるように

同じようなレジストレーションに

偏ることなく,そしてミサの演奏,

伴奏の時と異なり面白い音色や

コンビネーション作りを心がけています.

もう一つ大切なことは

ベルギーのオルガンの特性にあります.

オルガン曲のレパートリー大国は

ドイツ,フランス,オランダに接した

フランダース北部地方ですが

これらの地域のレジストレーションの

セオリーをベルギーのオルガンに

当てはめてもよくは響きません.

それらのことを考慮して

楽器が如何によく響くかを

決めなければいけません.

だからこそ創造性が必要なのです.

例えばフランスのオルガンで

自国の楽曲を弾く時には

レジストレーションにそれほど

大きな問題は生じません.

私がそのオルガンで北ドイツの

作曲家のプログラムを組んだ時の

演奏会のことです.

フランスの楽器でも北ドイツの

楽器の音が出ることを要求されますが

これを実現することがオルガニストの

妙味であり,私の得意とする

ところでもあります.

(楽器は動かせないので)

フランスに居ながらにして北ドイツの

響きに接することは観衆にとって

新鮮な発見と驚きを

味わうことができます.

 

ポジティフオルガンは私自身で

チューニングします.

基準となるオクターブを

きっちりそろえてから

それぞれの鍵盤の

チューニングをします,

一方,大オルガンは兄が

チューニングします.

(編注:お兄さんの

Mr. Stjin Dekoninckは

チェンバロ工房を有しており,

大オルガンの修復にも

本職として携わっています)

このあと大オルガンの

修復について長い説明がありましたが

勿体ないけれどこれも省略・・・

Q11

好きな作曲家はどなたでしょうか?

 

A11

好きな作曲家はJ.S.バッハです.

レパートリーはポリフォニーから

20世紀までになります.

特にポリフォニーから

初期バロックに移行する時代,

D.ブクステフーデなどの北ドイツと

ロマン派の音楽を好んで

ログラムに組みます.

Q12

大オルガンではオルガンの設置環境

(チューニングピッチ,

ストップの数,

鍵盤の数と重さ,

脚鍵盤のレスポンスなど)が

様々で一様ではないことが

他の楽器奏者には

味わえない特権です.

それは楽しみですか.

それとも苦労と感じますか,

 

A12

(即答で)創造することを

とても愉しんでいます.

これらの新しい環境(オルガン)に

接することがルガニストの

醍醐味であり,この機会が

愉しめなければオルガニストに

なるべきではありません.

新たに接するオルガンでは

レジストレーションを決めるために

何回もオルガンと取り組まなければ

いけないのですが,

これもオルガニストの楽しみの一つです.

Q13

演奏会のプログラムの構成について

 

A13

演奏に使用するオルガンから

インスピレーションを受け,

それにフィットしたプログラムを

作ることを大切にしています.

そしてプログラム作りについては

シンメトリーになるような構成を心掛け,

様々な形式の音楽を盛り込みます.

Q14

ルーヴァン市にある

聖ゲルトルード教会

オルガン奏者です.

ペンセラーオルガンの

特長を教えてください.

 

A14

クリスティアン・ペンセラーは

(approx. 1678-1736)

ドイツ人のオルガニスト,

リエージュ派のオルガン制作者です.

ベルギーのリエージュ(ブリュッセル

北西部に位置してドイツとの

国境に近い)にあるオルガン

制作学校の影響を受けています.

しかしリエージュにあるオルガンに比べ

彼の制作したオルガンもっと

透明感のある楽器のように思います.

残念ながら彼の制作によるオルガンは

制作当初ままでは残っていないのです.

今日ではペンセラーのオリジナルの音を

知ることは難しく,推測になります.

聖ゲルトルード教会のオルガンも

私の兄と彼の同僚が修復しましたが

ペンセラーの特長を生かした

優れた復元していると思います.

編注:掲載の写真は編集子が

ルーヴァン市聖ゲルトルード教会を

訪れたときに撮影したものです.

但し,夕焼けの聖ゲルトルード教会の写真は

インターネットからの借用です

ルーヴァン市にある聖ゲルトルード教会

厚い壁と小さな半円窓などロマネスク様式と

​ゴシック様式が混在している

​堅牢堅固,質実剛健,信仰の思想ををそのまま

表わしたような歴史ある建造物

​造営は13-15世紀の200年間

尖塔の高さは71メートル,塔の完成は1453年,

1778年には完璧な49のカリオンが設置された

下記アドレスで聖ゲルトルード教会の

ヴァーチャルビューにアクセスできます

https://kerkenleuven.storygraaf.be/sintgeertrui.html#

聖堂建築の一般的知識として

デビット・マコーレイ作

カテドラル」岩波書店

建築の決定から聖堂の完成までが細密画で

​解りやすく説明されています

​風雪を経て珪砂と石灰石を混煉し焼き上げた硬いレンガ

Sand Lime Brickも角がこぼれ落ちている

素朴な薔薇窓

緑豊かな中庭

風とともに木漏れ陽も優雅に隠れんぼ

​人智の王国を宣言する教会の尖塔,

​やがて日が暮れ

一日も終わりに近づき,グールの目が光り

闇と影の王国が支配する

知らせが来たと気づくとき,

だれもが息を潜め,固唾を呑み,

ひっそりと肩を寄せ合う町並み・・・

ペンセラーオルガンとバルコニー

建造は1712-1714年 クリスティアン・ペンセラー

​位置は教会を入り左上,方位は西端です

​下段に説明があるミラーがパイプ左横に写っています

ペンセラーオルガンの見上げ

ドーム​天井のハブとリブは

建築当時のものではなく

現代の技術で補強している

オルガンバルコニー下の銘板には

「弦楽器とオルガンに祝福あれ」

鍵盤とストップ

ベートーヴェンのピアノソナタを

ドゥコーニンクさん自身の

オルガン演奏会のために編曲した

レジストレーションは

​ピアノの微妙な音色の変化の影追い遊び,

​万華鏡を覗くように絶え間なく変容する.

今風に言えばDTMの打ち込み音楽を

アナログ操作にコンバートするために

コンソールの両側に

ストップ操作のアシスタントを

従える必要に迫られる.

​それでも足らずに譜めくり,

脚鍵盤の操作とともに

自身でもストップ操作をするので

​まさに八面六臂の活躍.

そのアシスタントを含めた​天上の大活劇は

残念なことに地上の私たちには見ることが叶わず

聖堂内には壮大なオルガンの音だけが

響いていることである.

脚鍵盤 

ドゥコーニンクさんの

​華麗な脚捌きは下の動画で確認

Mendelssohn
F.Mendelssohn / Organ Sonate in A dur Op.65 No.3 (excerpt)

オルガンバルコニーから望む

​内陣-ミサの会場 方位は東端

​かつて、少年ワウター・ドゥコーニンクは

このバルコニーからミサに臨んだ,そして

​いま、ヒルデブラント・コンソートとともに棲息する

www.bachinleuven.be

オルガニストはコンソールに正対しているので

ミサの進行はミラーで確認

編注:

Q15,16,17の質問は

ヒルデブラント・コンソートの

ユニークさに就いての質問です.

便宜上項目は分けましたが,

3項目をまとめて表示します

Q15

ヒルデブラント・コンソートは

(以下HC)

教会の大オルガンと

バロックオーケストラと

定義されています.

この様な編成で常時活動する

世界で唯一の

オーケストラだと思います.

オルガンバルコニーから.

歌手,器楽と大オルガンで

天上の音楽を奏する習慣を

現代に甦らせるアイディアは

いつ頃生まれたのでしょう.

 

Q16

オルガンバルコニーによる

演奏は場所的な制約により

小編成になります。

アンサンブルはごまかしが

利かないので演奏者の

高い音楽性とスキルが

要求されます.

どのように解決していますか?

 

Q17

このような編成で一般的な

演奏会場で演奏会を行うときに

ハンディキャップはありますか?

 

 

A15,16,17

現代の演奏会場で

宗教曲などに使用される

ポジティフオルガンは

バロック時代にはありませんでした.

ですからバッハのカンタータは

大オルガンで演奏されていた

ことは明らかです.

そのことが意味するものは,

各楽器はオルガンと同じような

マインドつまりオルガンと

同様な音の処理と空間を意識した

演奏法が要求されます.

ですから,

これらが達成できないで

諦める音楽家と,それに学んで

成長して行く音楽家に

分れると思います.

現代の発明品である

ポジティフオルガンで

バッハの時代のカンタータを弾くことは

歴史的に見て正しくはないのですが,

その是非について私自身にとっては

副次的な問題です.

本質的な問題はポジティフオルガンは

周りの器楽に合わせられて

チューニングされます.

バッハの時代のカンタータでは

それぞれの大オルガンの

チューニングピッチに

合わせて弾くことが原則で,

オルガン以外の器楽演奏者には

そのスキルが要求されていたことを

意味します.

つまりポジティフオルガンで

カンタータを弾くことは

他の器楽演奏者のスキル向上の機会を

放棄させてしまうことになるからです.

このように

大オルガンの空間の処理を意識して

それに合わせて

楽曲の効果をより高められる

器楽演奏者は非常にまれで,

このことがまさにHCのチャレンジで有り,

その存在を唯一のものにしていると

確信しています.

ポジティフオルガンの最大の難点は

プリンシパル エイトと呼ばれる

(編注:オルガンにおいて、

鍵盤どおりの音高が発音するストップ、

すなわち、記譜音と実音とが一致する

ストップがこの8ft-

プリンシパルエイトの意)

ストップが無いと言うことです.

ですからオルガンが他の楽器の中に

埋没してしまいます.

これは私の中で響くバロック時代の音とは

かけ離れたものを意味します.

バロック初期を代表するドイツの音楽家

ハインリッヒ・シュッツは

彼の著作の中で「歌手はオルガンの音に

包まれたなかで色彩感をもち,

歌わなければいけない」と書いています.

大オルガンと歌手,器楽のこのような

関係のイメージが私の中では

あるべき姿として認識されています.

HCではこのイメージを実体化することを

常に目指しています.

この様なイメージを共有し

実現するためには同じレベルの

音楽家を探すことが不可欠となりますが

それがチャレンジでもあります.

HCではそれぞれの音楽家は

独立した存在として

演奏することが求められます.

誰かが誰かに依存する,

そのような関係は望ましくありません.

​音楽の推進力,音の自発性が失われ

音楽が死んでしまいます.

テクニック,スキルの向上は

勿論,必要なことですが,

最も重要なことはオルガンとともに

音楽を探究するマインドを持つ

演奏家が集まりともに

向上することなのです.

Q18

グループ名をHCと名付けた

由来について教えてください

A18

HCの名前の由来は

オルガンビルダーの

ザァハリアス・ヒルデブラント

(1688-1757)からきています.

高いオルガンビルダー,

ゴットフリート・ジルバーマンの

弟子でバッハが弾いていた

オルガンを建造したことでも有名です.

ドイツのナンブルク教会が

オルガン制作者を探しているときに

バッハはヒルデブラントを推薦し,

完成したオルガンのこけら落としに

バッハが弾いたと言われています.

バッハが愛した楽器の制作者の名前から

オーケストラ名を名付けました.

Q19

HCのレパートリーを

紹介してください

A19

レパートリーは後期バロックから

ロマン派までの音楽です.

ポリフォニーの時代の音楽まで

遡るとも考えています.

Q20

バッハを自身のキャリアの

ステップアップに利用する

音楽家が多い中,

ドゥコーニンクさんの音楽活動は

あたかもバッハの墓碑銘の横に

「NEU BACH HAUS」を

造っているように見えます.

「汝の魂はバッハの

トランスコンポジションに宿る」

という意見に同意されますか?

​(編注:Trans-Compotision=

Transcription+

Compositionの造語)

A20

この質問のお答えは

次回のおたのしみです

Q21

HCの特長

(オルガンバルコニーでの演奏)が

昨年(2018年8月)招待された

フランスのバッハフェスティバルでは

苦労されたと聞いております.

どのような問題が

あったのでしょうか?

 

A21

今年同様,2018年の夏も

ヨーロッパ中が

特にフランス中南部の気温が

異様に高かったことです.

そのためにオルガンのピッチが

10Hz上昇して(1/4音位)音程の

調整ができない管楽器,

なかでもオーボエが

大変苦労しました.

二番目にフランスは

カソリックの国ですが

宗教は衰退しつつあります.

(編注:参考までにフランスの

地域ごとの宗教の衰退については

エマニュエル・トッドの

各著作が的確な分析をしています)

その中で私が作編曲しHCが演奏した

「バッハとルターに捧げる大ミサ1739

(以下大ミサ1739)」は主催者,

観客の期待とアンマッチが生じて

場違いのように感じました.

「大ミサ1739」は

カソリックのミサ曲のような

大仰な楽曲ではなく

静謐で音楽的な信仰告白に

位置するものなのでそれが

受け入れられないのであれば

やむをえないと思いました.

例え話が許されるなら,

レストランでフリッツ

(編注:ベルギー名物のポテトフライ,

必ず二度揚げ)を頼んだけれど

おにぎりが出てきた.

フリッツがたべられないのは

残念だけれど

折角でてきたおにぎりという

新しい視点を新鮮な目で

体験しようとする意欲が

持てないのであればやむをえません.

Q22

2019年4月には

ドイツの3大バッハフェスティバルの一つ,

チューリンゲン・バッハフェスティバル

(編注:フェスティバルカタログは

全55頁-HCの演奏会34頁のみを抜粋)

待され,ドゥコーニンクさんが

作編曲した「大ミサ1739」を

​HCが演奏しました.

このことで2つお伺います.

この時に弾かれたドイツの大オルガンの

印象と特長を教えてください.

そしてプロテスタントの国では

「大ミサ1739」がどのように

受容されましたか?

 

A22

チューリンゲンの

バッハフェスティバルで弾いた

トローストオルガン(編注:演奏会場

ワルタースハウゼン教会のオルガン名

奇しくも演奏会場名は

ドゥコーニンクさんの名前

「ワウターの家」のドイツ語読み)

は典型的なドイツのオルガンです.

バスのダイナミックレンジが

広い一方輝かしい高音の音が

「ぱっ」とでてきます.

手鍵盤,脚鍵盤音が濁らず

独立していてバッハの音楽を演奏する

上で各声部の独立性が申し分なく

生かされる楽器でした.

ただ,脚鍵盤のペダルの幅が

ドイツのオルガンの中でも

一番広くこれには苦労しました.

(つまり隣り合う足鍵盤の

距離が離れている)

HCも「大ミサ1739」の演奏を

積み重ねたことで各人の楽曲に対する

理解が深まり満足できる演奏が

できたことが一番にあげられます.

またフェスティバルでの

批評もとても好意的でしたが,

​(編注:当ホームページ

「ヒルデブラント合奏団」のサブページ

名うての腕っこき」に掲載)

特に嬉しかったことは

私の意図したところをくみ取って

的確に評価してくれたことです.

そして演奏のラジオ放送も

あったわけですが

解説者も楽曲の構造,意図を

きちんと勉強した上で解説,コメントを

してくれたことに好感が持てました.

観客の方々もプロテスタントの

バッハ,ルターという「私たちの音楽」を

「外国人(フランダース人)」が

バッハ,ルターをリスペクトしつつ

編作曲したバッハの

クラビーア練習曲集第三部という

比較的マニアックな音楽に

ルターのコラールを重ね合わせた

意図を理解し,受け止め

評価してくれたことが

嬉しかったのです.

編注:

ご本人は至って控えめな方なので

​このフェスティバルのあとの

センセーショナルな

報道について一言も

触れようとはしませんでしが

ドイツ国営メディアに

「Genie」と言わしめ

ケレン、はったりの世界とは

無縁、対極にある

ー構築性、テンポ感に裏打ちされた

誠実で幻想的、叙情性に富んだー

音楽を作られる御仁です.

大ミサ1739の音源(抄録),

レビュー,関連情報は

このホームページの至る所に

​ちりばめられています.

Q23

HCの演奏会では宗教音楽と

世俗音楽により歌手,器楽奏者の

演奏位置が変わります.

実際にプログラム,

「Tea with Mendelssohn and

Coffee with Schumann」では

器楽演奏者が楽曲により

移動しています.

どのような意図があるのでしょうか?

 

A23

宗教音楽と世俗音楽での演奏者の

ポジションの違いはあまり

意識していません.

ただメンデルスゾーン,シューマンの

音楽では外交的な大オルガンの

キャラクターと弦楽五重奏団

同心円にそして内側向きに立つことで

内向的な弦楽五重奏との音色,音量の

対比を意識すること.

そして五重奏団は室内楽の原則

お互いの顔を見ながら

コミュニケーションする親密さ,

さらに五重奏を取り囲むように

配置された観客の皆さんは

サークルの外側から

演奏者と同じ目線の高さと

ごく身近に見ながら聞くという

とても演奏者に親密なものを

感じるとともにスリルというか

危うさを体験してもらうことでした.

編注:

演目はドゥコーニンクさんが

弦楽五重奏用に編曲した

R.シューマンの

ペダル・フリューゲルための

カノン形式による6つの練習曲Op.56」

​厳格なカノン形式を起点に

お互いの音を聞きながら

それらに触発され音楽が移ろい進む

チャーミングで正にロマン派の音楽

演奏者の一風変わった演奏ポジションは

当Galleryにアップされています

Q24

HCは教会付の大オルガンと

バロックオーケストラと

定義されていますが,

プログラムのレパートリーを

拝見致しますと

F.メンデルスゾーン,R.シューマン,

J.ブラームス等ドイツロマン派の

作曲家の名前が並んでいます.

矛盾していませんか?

 

A24

HCはもちろん大オルガンと

バロックオーケストラという

コンセプトから出発しました.

当初はバッハのカンタータ,

テレマンなどを演奏していましたが,

自身の小さい頃からの情熱である

編作曲を組み合わせることで

他の音楽グループとの差異化を

主張できるようになりました.

その成果はバッハ二乗,

Spirit of Handelなどの

Art of Transcription

(編注:軽快なリズムとともに

オルガンと弦楽器の音色の

対比が素晴らしい)シリーズに

実を結んでいます.

これらの編曲は演奏者に対する

スキル,テクニックへの

要求度も高くHCの音楽レベルの

向上に寄与し,その情熱は

メンデルスゾーン,シューマン,

ブラームスというレパートリーの

拡大につながりました.

しかし今後は先ほども

申し上げましたが時代を

下るとともにポリフォニーに遡る

チャレンジも考えております.

そのチャレンジはHCによる

西洋の450年にわたる

音楽絵巻を俯瞰する演奏会の実現が

これからの情熱です.

もちろん「大ミサ1739」は

HCにおけるアルキメデスの支点です.

これで第1回目の
インタビューが
終了しました.
本当に長時間の
お付き合い
有難うございました.
それにしても
音楽に対する該博な知識,
オルガンに関する造詣の深さ,
(オルガンに関する部分は
大幅にカットしました)
それらを土台として
編曲,作曲,演奏に
取組む真摯な姿勢が
素晴しいですね.
特に,
安易な楽器の選択は
「演奏者の向上する機会を
奪ってしまう」など
訳知り顔のスノッビーな輩が
​跋扈している昨今,
どこを探したら
このような発想で
​共演者をリスペクトできる
音楽家が存在している
のでしょうかね?
次回からは
​作曲家ワウター・ドゥコーニンク,
「大ミサ1739」の創作の秘密と
構造に迫ります